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みんな同じ愛のむじな その4





その洋画は抜群の美貌だけで大富豪と玉の輿結婚を目指す若い奔放なOLが主人公だった。

三十も離れた渋みのある一流企業の社長の遺産を目当てに、OLはブロンドの髪を靡かせ媚び諂うのだが、そのうち社長自身の、男の魅力に気づいてゆく。しかし裏切り者の側近の策略にハマり、社長は地位も名誉も失った挙げ句、無一文になってしまう。失望したOLは彼の元を一旦は離れるが、彼のことが忘れられない。またイチからやり直せばいいじゃない。ベイサイドでそうOLは爽やかに社長を抱擁し、しっとりとしたスタッフロールが流れた。

ハッピーエンドで終わってくれて、僕は上機嫌だった。とにかく、恋愛映画ならなんでもというスタンスで僕が選んだ作品だったので、どうなるか不安だったのだ。

姉崎さんも喜んでくれたはずだった。新所沢まで自転車を引きながら歩いた時、僕は冒険して少し穿った質問をしてみた。

「なんかさ、その、姉崎さんって、バットエンドが好きそうだよね。あ、全然別に悪い意味じゃないんだけど」

「そんなに暗く見える」まあ、事実暗いんだけど――と姉崎さんは苦笑して、
「普通にハッピーエンドが好きだよ。パパが本屋さんの店長やってるから、小さい時に児童書をたくさん読まされて。ほら、児童書って子供のために大概、いい結末を迎えるじゃない。だから」

だから。僕は姉崎さんがこの映画をボロクソにけなすだなんて、思ってもみなかった。

「後は野となれ山となれの、ハッピーエンドで終わる映画は最悪」

外は暗くて、それなりの雨が降っていた。降水確率35パーセントの敗北だった。念のため自転車に刺していた65センチのビニール傘に、足して百、彼女とふたりで入った。

「間違いなくあのふたりは破滅するね。イチからやり直すったって、もう社長に再起は厳しいでしょう。年も年だし。哀愁漂ってたところは凄く良かったけど」

「OLだってあの唯我独尊な性格的に、すぐに失敗したって後悔するよ。きっと幸せになれない。後は野となれ山となれの、絵空事の切り取ったハッピーエンド」

相合い傘で歩いた先の和食レストランでも、姉崎さんの批判は止まらない。

「そ、そうかな。もっとポジティブに考えようよ。あのままハッピーを、貫けるかも」

僕は鴨そばを啜りながら作品を庇う。暖かい気持ちになれる、映画だったじゃない。今からぼくはあなたに、告白をしようと思っているんですが。

「じゃあきみはどうすれば、あの後も幸せでいられると思うの」

「え、む、社長が宝くじを買って、当たるとか。百万ドル」

それはない、と姉崎さんが否定する前にそれはないよねははははと僕は撤回した。

「ね。考えても浮かばないでしょ。だからあれは、バットエンドなんだよ」

「シビア……」僕もそんな気がしてきた。姉崎さんの双眸には、説得力がある。

「シビアかな。綺麗事が嫌いなだけだと思うけど。だからこそ逆に、ほのぼのしたハッピーエンドに憧れるのかもしれない。しんちゃんシリーズの大多数みたいな」

そう言って姉崎さんは付け合わせの一口おはぎをパクリと食べた。美味しい、とほっぺたをなぞる。食事の所作を見ているだけで、愛おしいと思ってしまうのは、ほのぼのしているのだろうか。冬が旬のホッケの開きは、綺麗に骨だけ残っている。






和食レストランで満腹になると、雨は止んでいた。しかし風は強かった。

告白はやはりできなかった。新所沢から電車で返ろうとした姉崎さんを、呼び止めた所までは良かったのだ。夜の帳、そこで伝えられれば良かった。

でも僕は何も言えなかった。あんなにもベッドの上で授業中の教室で練習を怠らなかったのに、何も言えやしないのだった。僕なんかじゃ、分不相応な気がして。映画は酷評だし。

そのせいで沈黙が流れた。それではいけなかった。僕は男らしくしなければならなかった。無理な話だった。喉が渇いて、口の中が真空になった。中馬がせせら笑ってきた。

雨も止んだし、自転車で家まで送っていくよ。ありったけの勇気を出して言った。彼女は新座に住んでいて、電車だと西武池袋線から武蔵野線に乗り継ぐ時に、秋津から新秋津を歩かなくてはならないし、随分時間がかかるのだ。

せっかくだけど、パパやママに見つかるとややこしくなるから、とイヤフォンと分離した耳あてをつけながら姉崎さんは断ろうとして、やっぱり、東所沢までお願いしていい、とまた代替案を出してくれた。東所沢は、武蔵野線。新座の一駅前だ。

喜んで、と即答したら、謝々、と姉崎さんは右肩にかけていた女の子らしいぬいぐるみもキーホルダーもついていない硬派な通学鞄を籠の中に入れ、僕の鞄と同居させた。恋人が座るように、荷台に横を向いて座った。僕は、ドキドキしながら自転車を漕ぎ出す。

霧がかった夜に僕は、姉崎さんを自転車の後ろに乗せている。凄いことだ。相変わらず後ろに姉崎さんがいると思うと、振り向くことはできなかったけど。

「あ、姉崎さん、足上げて」

「うん」

雨は止んだのだけど、地面にはたくさんの水溜まりができていた。どうしても水溜まりが大きくて避けられない時には、あらかじめ、僕は姉崎さんに宣告しておく。すると姉崎さんはちょこんと両足を上げて、車輪の跳ねさせた水溜まりの水滴が、足元にかからないようやり過ごすのだ。なんだかレクリエーションみたいで、愉快だった。

風の強さを耳で、肌で感じる。僕は寒さよりも爽快感の方が勝っていた。朝、丹念にセットしていた髪型が崩れることになっても、そんなことはもうどうでもよかった。

けど、くしゅん、と姉崎さんがくしゃみをしたので僕は我に返る。

「あ、もしかして寒かったりするの姉崎さん」

「鼻の頭がしぱしぱする」

「ごめんね。ゆっくりいこうか」僕はペダルを漕ぐスピードを、緩めてゆく。

「ううん。この風の強さならゆっくりでも。同じだよ」

「そっか。そうだよね」僕はペダルを漕ぐスピードを、元に戻した。

「だから、飛ばしていいよ」

「え、飛ばすの」

「いっそのこと、飛ばして」

それで僕は大通りから少し外れた車があまり走らない、霊園や住宅街が近い静かな田舎道を選んで、びゅんびゅん飛ばした。赤信号だって関係なく渡った。風当たりは強くなった。姉崎さんはまたくしゃみをした。気にかけたが、平気よ、と姉崎さんは意に介さなかった。

「寒いのも、いいものなんだよ。辛いけど、その後のお風呂は、幸せだから」

姉崎さんは痩せ我慢しているように思えた。僕は振り返って姉崎さんを見ることもできないのに、見えないからこそ、なんだか思い切れる気がした。

「でもさできれば、なるべく辛いを経験しないで、幸せでありたいよね」

「そりゃ、そうだけど」

「だから」僕は、言葉を切る。「だから、姉崎さん」

「なに?」

「あ、姉崎さん、足上げて」

「うん。で、なあに」

「あ、その、寒いをさ、なんというか、少しでも軽減するために。辛く、ないように」

「うん」

「俺の背中であったまっていいよ」

「え」

「俺、人より体温高い方だから。少しは違うと思う」

「やだ急に、なにそれ。圭吾くんのイメージじゃない」

ああ、いなされてしまった。距離を、縮めてみたかったんだけど。

「きざ」

茶化されてしまったよ。そりゃそうだよなあ。恥ずかしいフレーズのせいで、どんどん恥ずかしいことに。決死の覚悟、だったんだけど。んんっ。

言葉とは裏腹、僕の背中に、柔らかい感覚が伝った。体温と体温が、くっつく。

「……でも、あったかい」

姉崎さんの声が、さっきより近い。背中で横顔をお預かりし、吐息もかかり、僕はぞくぞくする。きっと姉崎さんは目を閉じて、微笑んでくれているのだろう、と思った。

「なら、よかった」なんて僕がきざ、でいたら、後ろからすぽっと耳あてを被せられた。

「風除けのないきみは、もっと寒いでしょ」

 だって。耳が。一番の弱点なのに。

「み、みみたぶ、冷えちゃわない?」僕は訊く。耳あてをつけながら。

「きみの背中があったかいからへいき」

自分の耳周りから、桃の果肉の匂いがする。濃厚な甘さに、くらくら。

僕は姉崎さんの耳あてヘッドフォンを、リスに飛礫を聴くため、あったまるため、両方の用途で味わってしまった。はは、あったかい。

世界が僕を、祝福してくれている。このびゅううううううううううと耳を劈くような音立てる風も、味方だったのだ。中馬も、映画も、飛礫も、みんなありがとう。

ああ逃げるように先延ばしにしてしまったけれど、近いうち僕は姉崎さんにいつか必ず、今度こそ勇気を出して告白するだろう。成功しても、おかしくはない。中肉中背の僕の人生に、そんなことがあっていいのだろうか? 今までバレンタインもろくに貰ったことのないような、母親と妹に、おもちゃにされて生きてきたような、僕が。あの姉崎さんと!

日を改めよう。改めて姉崎さんをデートに誘おう。次はどうしよう、どこにいこう。ボーリング、ビリヤード、ダーツ。駄目、貧困で駄目な僕の頭、僕の発想力。カラオケ。

ああ、リスに飛礫! 飛礫のライブの後に告白だとか、僕としては最高なのだけど。クリスマスの武道館。でも姉崎さんはひとりで聴きたいのか飛礫の楽曲は。ああけど、僕が誘ったりしたら、ひょっとするかもよ。ヤフオクで購入してしまおうか。毎年毎年、親戚からのお年玉の半分はもしものためにって、母親に強制的に貯金されているからな。まあまあ私腹はあるんだ。

いまこそ、その、もしもでしょう。姉崎さんと付き合えるかもしれないもしも。僕がこの世で一番欲するもしも。その姉崎さんはいま僕の後ろにいる。自転車に乗っている。
ああ、というかもう駄目だやっぱ抑えきれん。今すぐにでも自転車を止めて好きだって言いたい。今すぐにでも僕は姉崎さんに告白をしたい。そうだ何を先に伸ばす必要がある僕は今日姉崎さんに想いを伝えるのではなかったのか伝えるんだったろう。自転車を止めて降ろして振り向いて告白をするんだ。振り向くことすらできないってのに?

駄目だやっぱそれは無理。無理だブレーキを握るお手々に力が入らないもの緊張するよというかそもそもいきなり自転車止めて告白だなんてねえ、おいおい早急過ぎるよそんなのは抑えないと。抑えないといけないだろうそれは! 常識的に!

せめて東所沢まで待とうよ。せめて東所沢まで待とう呼吸を整えて呼吸を整えてさ! そして東所沢駅の改札で別れる時に呼び止めて、堂々と見つめ合って、

告白するんだ。一世一代の大勝負を、僕は。姉崎さんに。

そしてその、キスとか、ハグとか、そういった類いのことを。そういった類いのことをする権利を得てしまったら僕はどうしよう僕はどうしようそうなってほしい。

だから! だからもっと急がなくちゃ。一秒でも早く駅に着いて、振り向くのではなく、振り向かせるんだ自転車のスピードを上げるんだ。車だって走ってないし、赤信号だって関係なく渡ってしまうよ。

「ちょっと圭吾くん車!」

驚きつつも、さほど動じていない姉崎さんの佇いは、本当に好感が持てるものさ。

って、車、走ってました?

思って、横を向いた時には手遅れだった。

深夜だから、赤信号だから、田舎道をかっ飛ばしていたワゴン車が、僕の間近にあった。









ここまでが序章です。約540枚の作品の40枚ほどになります。
ブログで小説をアップするのって大変だなあ。なぜこのような行動に出ているかは後日書きます。
そしておそらくPDFファイルでアップさせていただく形になると思われます。
よろしくお願いします。






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テーマ : 文学・小説
ジャンル : 小説・文学

みんな同じ愛のむじな
いろいろありましてパイロット版を公開いたします。 ひまでひまでなにもやることなくて読書をしたいがお金もなくて でもプリントアウト用のA4用紙だけ腐るほど余って困っている人におすすめ 2011年6月3日 0:59
じこしょうかい

木堂椎

Author:木堂椎
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おとこ 
178せんち 72きろ

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